皆さん、こんにちは。
今日も見てくれて、本当にありがとうございます。
今回は、心を込める。ということに気が付いたときのお話をしたいと思います。
心を込めることは、わざとらしくて恥ずかしい?
お客さんは’大切な人の死’という悲しみを乗り越えて、相談に来ていることを忘れないように。
今でこそ、自分にもスタッフにもこのように言っています。
司法書士1、2年生の新人の頃、何かの研修で、
『相続の仕事でお客さんを訪ねたら、お線香をあげるようにしている。』と耳にしました。
そんなノウハウみたいなこと、わざとらしくて恥ずかしい。
スマートじゃない。
その頃そう思ったのをよく覚えています。
相続は、ただの仕事のひとつで、当たり前のことだと思っていた時期でした。
そこから、話を聞くということが何となく分かってきて、
時に感情移入しすぎて心を持っていかれそうになったりと、様々な経験をするようになり
目の前で相談してくれている方にとって、とても大切な人の死があって、
相続という仕事が起こっている。
ようやく、体感として気が付いていったように思います。
相続の仕事は、損得勘定だけでは語れない
死は、特別なことではないけど、
大したことじゃない、という訳ではない。
相続は、損得勘定では計れない何かがあって不思議な仕事だ。
人の人生に携わらせて貰っている。
自然と『お線香あげてもいいですか?』と言えるようになったとき、
そんな気持ちが強くなっていました。
きっと、心を込められるようになると、
正しい方にカタチが整っていくのだろうと信じています。
そうすると、振る舞いが自然になるものです。
皆さんも、最近、これは心が込もったなあ。と思うことはありますか?
とは言え、私もなかなか忘れてしまうことも多いので、
初心に戻って心を込めようと思います。
それでは、ごきげんよう。
相田紳太郎